有馬総一郎のブログ

(彼氏の事情)

私もこんな父親みたいな生活を送りたいよ(ダメおやじの典型例だが)

タイナカサチのスコア ?か何かが洋書で売られていて驚いた。こうした本が出版されるのも彼女の出自のおかげだと思うけど・・・ともあれ、いつものように彼女の読書本を読んでみた。

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「悲しみよこんにちは」(著・フランソワーズ サガン)。

小池真理子の後書きに「サガンといえば、「おんなこども」の読む作家の代表格だと思われているフシがあった。「サガンが好き」と声高に告白することは、「私は典型的なプチブルであるにもかかわらず、ブルジョワジーの懶惰な暮らしに憧れ、気取った物言いばかりをしたがらる、中身の薄っぺらな文学少女です」と認めているのと同じだとみなされた。」

とあるが、まさにそんな感じ。懶惰な暮らしに憧れ、気取った物言いばかりをしたがらる、中身の薄っぺらな少女が主人公。自分は少女小説は嫌いじゃない。森茉莉「甘い蜜の部屋」尾崎翠「第七官界彷徨」、そして倉橋由美子「聖少女」は手元においてある。特に倉橋由美子の最後の少女小説「暗い旅」は是非、多くの女性(少女じゃなくて良い)に読んでもらいたいし、ゴスロリ少女には倉橋由美子ほど好物にするに格好の小説家はいないのではないか?(倉橋由美子ファンはやめろ!というかも知れないが)と思う。

ただ、この作品は上記に上げた4作品、どれと比べてもイマイチだなー。新訳(河野万里子)が分り易さを重点においたため文体も平坦さを感じる。著者であるサガンが10代に書いたせいもあって、モロに少女臭さ全開って感じだ。体験・実感を伴っていない妙な第3者的な達観ぶりとか。これは男性が読むには辛いかも。

ただ、主人公・セシルのハンサムな父親のいつまでも浮ついた生活を、アンヌが「そのうち元気が無くなって、お酒すらも飲む元気が無くなって誰からも相手されなくなる」と評していたのは男女含めてチクリとした言葉だね。セシルが同じような人生を歩もうとしているのに、元売春婦の母親を蔑んだり、とっと人の死を忘れたり、皮肉が効いているというか…

中年を迎えたにもかかわらず、美貌は僅かな衰えしか見せず、聡明でビジネスも順調。だけど、そんなキャリアウーマン・アンヌを手にしても父親レエモンは年下の女性を手にすることで自分の心身の若さを誇ろうとする。同年代との結婚に落ち着くことは自分の衰えを認めることになる。

ここらへんの感覚って日本だけでなく、フランスでも当たり前にある(あった?)のね。自分は年下のほうがお金、地位・権力への執着が薄く、恋に純粋さを残していて、年上より難易度(?)が低いように思う。それだけに知識も振る舞いも、経済力も劣った情婦エルザより自分が負けているなんて思いたくもないし、認めたくないだろう。でも、結局同性間の評価ってのは美貌・経済うんぬんよりどんなパートナーを得ているか(どれだけ愛を受けているか)で決まるような…そこら辺エゲツない男性と異なる女性のバトルが見えて面白いのかな…

映画もそのうち見るかな。

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